浄土宗神奈川教区テレホン法話 第1074話

今回は、浄土宗のお祖師さまのひとり、道綽さまの「小豆念仏」についてお話したいと思います。道綽さまは、現在の中国の山西省のあたりで、お念仏の教化をすすめていました。
 あるとき、道綽さまは、まだお念仏をお称えしたことのない人たちに対して、ある方法でお念仏を広めようとされました。それはお念仏を、ひとたび「南無阿弥陀仏」と称えるたびに、小豆を一粒ずつ渡してゆくというものでした。
 町に子どもたちが遊んでいるのを見かけると、道綽さまは声をかけます。
 「お坊さんのいうとおり〈南無阿弥陀仏〉と称えてごらんなさい。ご褒美にこの小豆を一粒あげますよ。」
と、道綽さまがやさしく語りかけると、子どもたちは喜んでお念仏をお称えします。そして一粒の小豆をあげると、何十遍、何百遍と繰り返し、お念仏の数が増えていきます。そして子どもだけでなく、多くの大人たちも、道綽さまの求めに応じて、多くのお念仏をお称えするようになっていき、実際にお念仏の信仰が広まっていったそうです。
 この話を聞きますと、子どもや大人を問わず、お念仏が広まっていったということは素晴らしいと思う反面、小豆がほしいがためだけのお念仏であった、まさに「空念仏」、心のこもっていないお念仏では称える意味がないのでは?とも思ってしまいます。
 もちろん、阿弥陀さまを信ずる心を深く持ち、お念仏を称える方が良いといえるでしょう。しかし、信心が確立しないとお念仏をしてはいけないという訳ではありません。法然上人は「三心がまだ欠けていると感じたならば、何としても具わるようにしようと心を奮い立たせて、お念仏に励むべきです」。また「三心は、心から往生を願ってお念仏をお称えしている人には自ずと具わるものなのです」ともおっしゃっています。
 まずはお念仏をお称えする、ということが大切だといえるでしょう。