浄土宗神奈川教区テレホン法話 第1135話

鎌倉組 長安寺 副住職 玉木弁了

今日もテレホン法話をお聞きいただきましてありがとうございます。
世の中には仏教用語が元になった一般用語があります。「一蓮托生」ですとか「金輪際」「精進」「冗談」などです。その中には私たちの宗派である、浄土宗からの言葉「他力本願」というものがあります。
一般用語としては、他人任せにして自分では何もしない、と捉えられる言葉であります。しかし、本来は阿弥陀様に一心に願う事、すなわち南無阿弥陀仏と唱える事で、阿弥陀様のお力により極楽へと往生する事ができる、そういった言葉であります。
これは何も一般用語のように、南無阿弥陀仏と唱えればそれだけで良いや、という事ではありません。極楽への往生を願うという事が大切なのであります。
私たちは、特別な力を持っているわけではありません。亡くなった方とお話をする事ができるわけでも、ましてや生き返したりする事ができるわけでもありません。ですが、亡くなった方の事を思い往生を願う事はできます。そしてそれを願いながら南無阿弥陀仏と唱える事もできるのです。
親しい方を亡くされた時、亡くされた方を想う時、どうする事もできない悲しみや気持ちを持つ事があると思います。そんな時に南無阿弥陀仏とお唱えしてください。亡くなった方の事を想って南無阿弥陀仏と唱えてください。特別な事はできなくとも、私たちには亡くなった方のためにそうする事ができるのですから

次回は2月11日にお話がかわります。