浄土宗神奈川教区テレホン法話 第715話

21世紀という時代
 今年は西暦2001年21世紀というあらたなる世紀を迎えました。しかし社会を見渡して見ますと政治・経済はもちろんの事、教育福祉・医療・環境様々な分野で混迷の声が聞こえ、変革という言葉だけが虚しく闊歩していないでしょうか。
 バブル景気の時代、物欲が満たされることが幸せや喜びなんだと錯覚していたことが、真の幸せや真の喜びという感覚を今でも麻痺させてはいないでしょうか。
 青少年犯罪1つをとってもそうですが「あんな真面目な子がこんな事件をおこすなんて」という隣人の声を聞く機会は少なくありません。子供に対して健康であって欲しい、良い学校に行って欲しいと願うことは逆に病気の子供は駄目、良い学校に入らなければ駄目と言っていることにならないでしょうか。このような見方は子供にプレッシャーを与えてしまう事にもなりますし、また、病気の子供に対しては生きていくことそのものを否定する事になりかねません。ですからこのような見方はあきらかに誤りであるわけです。親心といえども結局は人間の謝った考え方から出発をしているのです。
 仏教の言葉に「慈悲」という言葉があります。全ての人々を救済しようとすることが仏教の大いなる精神でありますが、「慈悲」はその根幹をなしている考え方であります。
 いつくしみの心、あわれみの心。
 しかし真の慈悲とは他人に求めるものではなく、自分が他者の気持ちをどこまで深く理解し、何をしてあげられるだろうかと考えることから始まるのです。見返りを求めず、自分になにができるかと考えるとき、慈悲はその人に限りない勇気を与えてくれるのです。
 いにしえの時から説かれてきた慈悲の精神。この「慈悲」の精神こそが21世紀以降の人間社会に真の幸せの道を説く大きなキーワードになると確信して疑いません。

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