浄土宗神奈川教区テレホン法話 第740話

言 葉

 暦の上では春になりましたが、まだまだ寒い日が続いております。この季節はインフルエンザや風邪がはやる季節ですが、例に漏れず私も風邪をひいてしまいました。
 私が通う病院は内科と小児科が一緒ですので診察を待つ人達の中に混じって、子供達が親に連れられておりました。
 待っている間、誰とはなく話し声が耳に入ってきました。どうやら子供が風邪をひいて、連れて来たお母さん同士の話し声でした。
 大勢の人が待っているので、いろいろな話声が聞こえてきますが、普段はきに求めないのですが、このときはその声というか言葉が耳にはいってまいりました。
 何が耳に入ったかと申しますと、その母親同士の会話の中で、この人の体調がどうだとか、この人の熱が何度でとか、自分の子供のことを話すのに、「この人」といっていることでした。
 自分の子供のことを話すのに「この人」という言葉が、普通は「この子」というと思いますが「子」を「人」と置き換えて言うことが流行なのかわかりませんが、何か違和感を感じたのです。
 人を表す言葉はいろいろあります。その人の名前・名字・ニックネーム、まだまだあります。
 しかしながら自分の子供を「この人」というのは何か冷たいような、愛情がないような、突き放したような、心が通わない何とも言えない寂しさを感じます。
 「この子」、というところを、たった一文字を変えて「この人」というだけで、それを聞くものの気持ちがこれだけ変わる言葉、ちょっとした違いが違和感を与え心の擦れ違いを引き起こします。
 言葉は人の心を動かす力を持っています。その言葉は心のあり様によってでてまいります。
 言葉は心を離れて出てきません。言葉と心は一つのものです。どうぞ言葉と心の二つを大事にし、伝え合って下さい。

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