浄土宗神奈川教区テレホン法話 第972話

小田原組 松蔭 英宣
前回に引き続き阿弥陀様の誓いについてお話させて頂きます。
阿弥陀様の四十八願の中で最も重要である誓いを念仏往生の願といい本願と呼ばれているものであります。
“もし私が仏と成ったならば、真実の心持で深く阿弥陀仏を信じて、私の国に生れんと欲して、上は生涯を通じて念仏するものから、下はただの十回だけでも念仏するものまで、我が浄土に往生させる”というお誓いを立てられ、もしこの誓いが成就しなければ仏にならないと決意されました。 
私たち衆生でも容易に出来る本願往生行をどんな行として選定したらよいのだろうか、修行ですから座禅や持戒などそれこそ色々な方法があったわけです。
阿弥陀様の決めた高さのハードルだけを越えたものだけを救うという誓いを如何にしたら低く出来るのか、この事に非常に深く悩まれたわけでございます。
ハードルを高くすれば五劫という長い時間を費やさずに、直ぐにでもご修行に入る事ができたのです。
しかし、高いハードルでは実際には越えてくるものはいないであろう、おそらくは私たち衆生は一人も超える事はでき出ないであろうということが、阿弥陀様にはお分かりになられていたのであります。それでは、どうしたのか?
阿弥陀様は、ただわが名を呼べと、つまりは南無阿弥陀仏と申せと仰ったのです。
ですから、浄土宗をお開きになられた、法然上人は著書“選択本願念仏集”の中で
“諸行の中に念仏を用うるは彼の仏の本願なるが故なりと”と説かれました。
法然上人は、我が名を呼べと仰った阿弥陀様の本願におすがりしようと、衆生救済を誓われた阿弥陀様の慈悲の心におすがりしようとただ一向に念仏すべしとお説きになったのであります。
次回は8月1日にお話が変わります。