浄土宗神奈川教区テレホン法話 第996話

鎌倉組 覚栄寺 影山 秋涛

 前回は、お彼岸のお話を致しましたが、この時期と言うのは、何をするにも良い季節でありまして、春休みということも手伝ってか、
私どもの寺のほうにも、若い方々がよくお参りに来る姿が見られます。
 幼稚園児などの幼いお子さんも同様で、母親と一緒に手を合わせている姿を見ていると、実にほほえましく思い、同時に、ご先祖様も喜んでおられるのでは、と思うわけです。
 また、ご年配の方も大勢お越しになり、「ご苦労様です」と声をかけますと、微笑みながら帰っていかれます。墓前で何をお話されたのでしょうか。笑顔の中に安堵の色が見えるようでした。
 皆さん、亡き大切な人のことを想い、ご供養なさっていかれたのでしょう。
 私たちもいつしか、やがて此の岸を去るときがきます。
しかし有難いことに、極楽浄土への道、南無阿弥陀仏の六字のお名号をお称えすることで、お救い頂けることが約束されているわけでございます。
 露の身は ここかしこにて 消えぬとも
 こころはおなじ 花のうてなぞ
元祖法然上人もこのようにおっしゃられております。
法然上人が75歳の時にお詠みになったお言葉で、たとえこの世界を離れても、心はまた、阿弥陀様の極楽浄土で再会できるのでございます。
どうか皆様も、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、一心にお称えされてはいかがでしょうか。必ずや、心が安らかになっていくことと思います。
 今日、世の中が大変騒がしく、不景気と言われ、無慈悲な事件などが連日報道されております。気持ちが暗くなってしまいがちな昨今でございますが、こんな時だからこそ、共生の精神、浄土宗のお心を知っていただき、前を向いて共に歩んで行こうではありませんか。
お聞きくださりありがとうございました。

次回は4月1日にお話がかわります。