浄土宗神奈川教区テレホン法話 第714話
仏教振興財団の理事長をなさっているアラスカパルプ社長の早川進さんは、人間の幸せを高めるのは自由だけれど、ひたすら念仏申すことで心の自由が広がるといわれています。法然上人は9才で出家された後比叡山に入られ修学に勉められました。凡夫が何うしたら救われるのか、思索と研鑚を重ねられ43才の時、初めて念仏救済の法門を開かれたのです。只管念仏申すことで、心の自由が広がるという早川さんのお話しですが、法然上人は日に6万遍の念仏をされたと伝えられています。又「極楽の荘厳見るぞ嬉しき」。というお言葉があり、上人の宗教体験は阿弥陀如来に親しく、身近かなものであったことが容易に頷けます。哲学者として著名な梅原猛民の法然についての最近の著書を初め、司馬遼太郎の講演集にも法然上人について、ふれられています。司馬遼太郎は浄土宗立の上宮高校の出身ですから、恐らく講堂に飾られている法然上人の穏やかな風貌に接したり、時には宗教講話を聞かれたこともあったろうと思います。それらによって一般的な宗教についての知識や考えが深まって、人格形成の上にも影響を与えたのではないか、そんな気がいたします。私立学校では、設立者が宗教団体であれば、その宗派を主とした宗教教育が行なわれているのは当り前のことだと思いますが、小・中を初め公の教育機関では、一般的な宗教教育は行なわれていません。今度の教育改革でも、宗教教育については何もふれていません。公的教育機関の場でも、一般的な宗教教育はあって然るべきだと思います。人生について悩み、迷い、哲学書や宗教書や人間の姿を浮彫りにしている小説を読んだり、多くの話しをきいたりして身につけた一般的な宗教的教養、これらに基いた信仰なら分ります。然し一般的な宗教教育も何もない、宗教的無智の若者が、見知らぬ人から声をかけられ、初めはそれほどでもなくても次第に深みに嵌まっていく、オ一ムやカルトの影が茲にある。