浄土宗神奈川教区テレホン法話 第959話

高座組 宮本明薫

 以前、同窓会の相談を数人でしていた時の事です。何てきれいな手だろう、つややかでやわらかそうで、その彼の顔や身体つきからはとても想像できなかっただけに思わず「ワーきれいな手」と驚きの声を出してしまったほどでした。がっしりした体格、明るい性格で皆を引っぱっていく彼は父親の後を継いで農業に従事、酪農もやっており毎日沢山の牛の世話をし、乳しぼりをしていたのです。
 そんな彼にガンの宣告がされたのでした。病名を告げられた時、何で俺がガンに、仕事も何十年と真面目にやってきた。特に妻子を泣かせるような事もしてこなかった。なのにどうして、これは何かの間違いだ、衝撃を受か否認、受け入れる事が出来ず、しかもどんどん落ち込んでいく、苦悶の日々が続いたのです。自分だけが不幸になっていく、病に対して怒ってもどうする事も出来ませんでした。
 そんな時ハっと気付いたのが季筋の移り変わりです。人間の感情におかまいなしに季節は、大自然は四季折々の姿を見せてくれている。梅雨の頃の田植え、稲穂がのび、黄金色の実りの秋、精米した米を手にする喜びもあった。何十年とやってきた米作りです。これが最後か、いや来年はもっとうまい米を作ろう!この決心が生きす力になっていったのです。
 8月のある日、彼から一通のハガキをもらいました。盆が過ぎ青き田んぼも穂が出はじめました。秋冬野菜の種まき、植付けがはじまります。今年の稲作は私にとっては集大成と思っています。あと2ヶ月で米になります。一口届けたいと思ってますので待っていて下さい。茶碗によそった炊きたてのご飯、心から手を合わせていただきました。
 彼は寅さんに出てくる笠智衆演ずる御前様の雰囲気でした。煩悩・迷いの世界から悟りの彼の岸、お浄土を信じてお念仏をされていたのです。もう仏様におまかせでいいんだよねといい乍ら。この世に生を受け働くことに感謝し先祖の冥福を祈る姿をそこにみたのです。