浄土宗神奈川教区テレホン法話 第667話
寒い季節です。この時期、朝起きるのが大変だと思いませんか。目覚まし時計が鳴り、目を覚ましますが、なかなか布団の中から出るのが億劫です。やっとの思いで布団から這いでて部屋の暖房を入れますが、部屋が温まるまでの間、口に出るのは、サムイサムイばかり。早く春が来ないかなと思う日々です。
こうも寒いと、怠け心がむくむくと目を覚まし、今日はよして明日にしようとか、一所懸命仕事をしていても、つい寒いので手を抜いてしまったりと、後で後悔したり、自分は煩悩の固まりだな一と思ってしまいます。
煩悩を取り除く方法が何か有るのでしょうか。そもそも、煩悩とは何でしょうか。仏教用語として、基本的に、貧る心、怒る心、愚かな心、おごる心、疑う心、悪い認識を指して煩悩とジいま九古来より・色々な方法や手段でこの煩悩を取り除く方法を教えています。
宗祖法然上人も、この事について、深くお考えになり、また修行もされましたが、やがてたどり着いたのが、煩悩を取り除かなくとも救って下さる阿弥陀如来の誓願にすべてお任せするという以外に方法は無いと言うことでした。
ただ一心に南無阿弥陀仏と称えれば、煩悩があれば煩悩のままに、心が乱れていれば乱れているままで、全ての人々が平等に救われるのです。注意しなけれぱならないのは、だからといって、不健全な生活や態度を容認しているわけではないのです。社会の一員として、また仏教徒として、健全な生活を送りたいものです。