浄土宗神奈川教区テレホン法話第706話

 私達は日頃何気なく使っている言葉に「おかげさま」と言う言葉があります。みなさんはこの言葉の意味を考えた事があるでしょうか?
 辞書で「おかげ」を引くと「有り難いと思う助け」、更に「おかげさま」と「さま」を付けると「有り難い事には」とあります。
 ではこの「有り難い」とはどのような事でしょうか?これもまた辞書を引きますと「めったに無い良い物を貰ったり、良い事に出会ったりして嬉しい気持ち」、また「自然と拝みたくなるような感じ、尊い」とあります。
 もうすぐ桜の季節です。満開の桜の花を見て誰もが「綺麗だなあ!」と思われる事と思います。では何故桜の花を見る事が出来て、感動する事が出来るのでしょうか?殆どの人が「目があるから」と答えるのではないでしょうか。中には「桜が咲いているから」と答える人が居るかもしれませんね。
 では本当に目が有れば、また桜が有れぱ見る事が出来るのでしょうか?私達の目は、目だけでは物を見る事が出来ません。そこにお日さまの「光」が、「灯かり」があればこそ見る事が出来るのです。光の無い世界ではいくら目が有っても桜が咲いていても花を見る事は出来ません。
 お日さまは朝になれぱ分け隔て無く私達に光を与えてくれます。「御先祖様」や「阿弥陀さま」も同じだと思います。阿弥陀さまはいつも私達に、分け隔て無く救いの手を差し伸べて下さっています。そして「めったに無い良い物を貰う」。そうです、私達はこの大切な命を御先祖様から頂いております。他にもお日さまの光り、水、空気、人の優しさ等、知らず知らずのうちに多くの「おかげさま」の中で暮らしております。
 「お日さまのおかげ」「御先祖様のおかげ」「阿弥陀さまのおかげ」。お念仏を称え、「おかげさま」の言葉の意味をもう1度考えたいものですね。

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