浄土宗神奈川教区テレホン法話 第797話

 前回、彼岸は御先祖様たちの為だけのものではなく、私たちの修行の期間であるということをお話ししました。この修行の方法について、お話しさせていただきます。
 彼岸とは、サンスクリット語のパーラミターという語からきています。このパーラミターとは、彼岸に到れるという意味を持ちます。このパーラミターを漢字で波羅密多と書き、それを波羅密と略し、彼岸へ到る為の六つの方法、それを六波羅密といいます。1つ目は、他人に施すことの布施、2つ目は 固く戒律を守ることの持戒、3つ目は、どんな侮辱にも耐え忍んで心を動かさないことの忍辱、4つ目は、一生懸命に努力することの精進、5つ目は、精神を統一して真理に達することの禅定、6つ目は、真理を悟り仏道を体得する力の智慧、これら6つを一生懸命努めれば極楽浄土へ到れるということであります。何か難しそうだなと思われた方もいらっしゃるかと思いますが、みなさんが、お墓や仏壇の前でしていることの中に、この六波羅密が含まれています。
 お墓や仏壇に向って、まず、お水やお茶をさしあげる「布施」をして、お花を飾る「忍辱」をして、ご飯や食ベ物をさしあげる「禅定」をして、口ーソクに火をつける智慧をして、線香に火をつけてさしあげる「精進」をして、線香の煙で身を清める「持戒」をしているのではないでしょうか。このように六波羅密の修行を知らず知らずにしていたのです。
 日頃よくしているこの行動は、御先祖様の為にしているだけではなく、私たちの修行のひとつであったのです。そのことをもう一度心にとめていただき、彼岸の間だけではなく、常日頃、仏道修行に努めていただければ、必ずや極楽浄土に到れると思います。

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