浄土宗神奈川教区テレホン法話 第912話
今、日本のあちこちで、この国に古くからある“もったいない”という言葉が見直され始めているようです。知事選で“もったいない”を合言葉に戦った候補が当選したり。新聞でも、トラックを走らせてリサイクルできる物を各地へ届けるという、“もったいない運送”のことが取り上げられていたり。この言葉はすでに皆様もご存知の通り、ケニヤの副環境相ワンガリ・マ―タイさんが日本を訪れた際に覚えた言葉で、ぜひ自国へ持ち帰り、世界へも広めたいと語ったことで一躍クローズアップされたのです。
まさに日本人が忘れかけていたものを掘り起こして、私たちに示してくれたのです。
確かにこの言葉は、今世界の人々が、気づかなければならない、とても意味のある言葉の一つであると思います。
そこで今回は“もったいない”という心を通し“物を生かす”ということに関する、私のごく身近にあった出来事をお話いたします。
さて、私の寺の本堂の片隅に古い衝立が長い間ずっと置かれていました。この衝立、大きな穴が数箇所あり、木組みははずれかけ、掃除のために移動しようと持ち上げると足が抜けてしまうという状態でした。処分することを考えていましたが、どこか棄てがたいところがあり、そのままになっていました。そんな折、一人のお檀家さんが一言アドバイスしてくれたのでした。「これは案外立派な衝立ですよ。処分するのはもったいない。一度きちんと直してみてはどうですか。」その瞬間、新しく建て替えた寺の玄関ホールの正面に何か目隠しのようなものを、となんとなく考えていたことに思い当たりました。
お蔭さまで、長い間役目を果たさずにいたあの衝立は見事に修復され、玄関ホールの正面にどっしりと静かに置かれています。そしてそこには先代が書き残してあった、直筆の書を入れてもらいました。それは“寂滅為楽”という言葉です。“静かなる境地に至って本当の安楽を得る“という意味ですが、ひょっとすると、この衝立の今の心境なのではないでしょうか。 まさに“もったいない”の心に気づかせていただき、“物を生かす”事の大切さを教えていただいた出来事でした。