浄土宗神奈川教区テレホン法話 第848話

 新潟中越地震・スマトラ沖大地震・局地的豪雨等の天災。
 新聞等を賑わしてしまう多数の事件・事故等の人災。
 あまりその様な事件事故が起こって欲しくないと思うのが人間なら、起こしてしまうのも人間です。
 江戸末期の越後一帯に被害をもたらした三条大地震後に良寛上人によって作られた詩があります。その「地震後詩」の中で上人は地震を人災と断定しています。
 「長い間の太平に流れた世相の中で、人々の心は軽靡に走って弛緩し、利益になる話だと言えば毛一本にも目の色を変え、宗教道徳の話となれば、骨の髄まで馬鹿にしている。高慢で他人を欺くことに浮き身をやつし、紫を持って朱と為すペテンが、いったい何年続いた事だろうか。その上鹿を馬だといいくるめてテンとして恥じない。これが今日の災禍を招いた張本人だ。むしろ遅きに失したくらいだ。」と、
口を極めて人災だと言っておりますが、この詩を今の世の中に当てはめると、恐ろしく重なっているように思えます。
 前出のような天災・人災等を「起こって欲しくない」と言う心こそ人々の共通の願いではないでしょうか。
 この願い・思いを佛性と言うのならば、どんな人もこの佛性を持っています。
 無常を思い、頓瞋痴の三毒を抑え、仏の大慈悲心を頼りに生きていくのに、佛性を保ってあたり、自分達の人生、ひいては自分達のいるこの世界がより善い方向に行くことを願わずにはいられません。

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