中国の西安市の郊外、草堂寺を訪れますと、今も鳩摩羅什三蔵法師の舎利を納めたお墓が大切に供養されています。文化大革命のとき、境内の諸堂宇はことごとく破壊されましたが、羅什三蔵のお墓と、之を納めましたお堂だけは辛うじて守られました。の草堂寺の境内は、かつては逍遥園(しょうようえん)とよばれ、国賓として迎えられた羅什三蔵の翻訳活動のために用意された特別な邸宅です。羅什三蔵が翻訳した経典や「論」と呼ばれる解説書類は、300を超えその代表作を挙げれば、『阿弥陀経』・『妙法蓮華経』・『大品般若経』・『坐禅三昧経』・『維摩経』・『大智度論』・『中論』・『十二門論』などなどです。
ですから、今日我が国に沢山の宗派がございますが、どの宗派も羅什三蔵が翻訳してくださった経典を拠り所としていることが分かります。
私たちが日ごろ勤める日常勤行の終わりに、「願以之功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」というお経をお唱えします。
「願わくはこの功徳を以って、平等に一切に施こし、同じく菩提心を発して、共に安楽国に往生せん」
「一日一日を頂く私たちが、その御恩に感謝し、その御恩に報いようと、菩薩の心をおこして、自分のことをさしおきて、身を尽くして、差別することなく、生きとし生けるすべての命に平等に功徳を施し、共々に安楽の国に往生いたしましょう」と、御回向を皆さんに振り分けるのです。
この御文は浄土宗の高祖善導大師のお書物「法事讃」からいただいております。
しかしその元をたどれば、やはり、羅什三蔵が訳しました「妙法蓮華経」の一説に同様の訳語が見つかります。「願わくはこの功徳を以って、普く一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に、仏道を成ぜん」
他を導くと言う修行は、大乗仏教における理想の姿であり、菩薩さまの修行そのものです。「普く一切に及ぼす」、なんと広い慈しみの心でありましょう、「我らと衆生と皆共に」、なんと大きな思いやりでありましょう。「己をさしおきて他を利す」それが「無縁の慈悲」「無償の愛」と呼ばれるものであります。
牢獄から解放されてわずか10年、多くの翻訳を行うとともに、3,000人とも言われる門弟を育てた鳩摩羅什三蔵法師さま。全ての人々の幸せを願われた羅什三蔵さまの暖かいお心を今も私たちは頂いていることを知らなければいけません。
次回は9月1日にお話が変わります。